ゲームウオッチ
2008年度・全日本選手権【その3】
男子卓球界はヤマダの独壇場となった
しかし、それにしても青森山田が日本のとりわけ男子卓球界を席巻していますね。ここの所ずっとこの傾向があったのですが、今回の全日本はいっそう際立っています。
中国の選手は、世界的な大会で勝つよりも、中国国内で勝つほうがむずかしいといわれるのと同じような構造が日本男子にあります。つまり、全日本で勝つよりもヤマダどうしで勝ち抜くほうがむずかしいという……。まあ、同じ構図といっても、スケールのちがうのが寂しいのですが。
今回の全日本でベスト8に6人、ベスト4はすべてヤマダ(出身者をふくむ)です。もう、この現状はヤマダの部内トーナメントといっても過言ではないような気がします。まさに「青森山田王国」です。
中学や高校の強豪校の一部で、「ヤマダは全国から優秀な選手を集めているから強いんだ」という声が漏れ聞こえてきます。たしかに、その事実はまちがいありません。
しかし、全国から優秀な選手を集めている学校はほかにもあり、やはり毎年、全中やインターハイでは上位に顔を見せていますが、ヤマダのカベをぶち破ることはできません。
これは優秀な選手を集めただけではなく、ヤマダの指導力が他の強豪校よりも勝っていることを証明してことになるのではないでしょうか。やはり、このことをはっきりと認めるべきです。そうすることが、お互いの発展につながると思います。
そして、また常にトップの位置をキープすることにより、より優秀な選手がヤマダに集まるという循環を生み出したのです。積み重ねてきた歴史が信頼となって、有能な人材がヤマダに結集しているのです。まあ、いわゆる「伝統校」というのは、いつの時代でも、このようにして誕生するでしょう。
それは女子の四天王寺でも、同じような系譜をたどっています。どんな伝統校でも、スタートはゼロのところから出発します。もう、40年ほど女子中学と高校のトップに君臨する「ヨンテン」(大阪では四天王寺の中高はこのように呼ばれることがある)は、やはりあの怪物指導者であった、いまはなき田中拓氏の類まれなる卓球指導への熱情がこんにちまで継承されているからでしょう。
それにしても、ヤマダがこう何年も桁違いに強い選手を輩出することは、指導者として大変なことです。「ヤマダは勝ってとうぜん」という雰囲気は、相当なプレッシャーがあると思います。よくいわれることですが、追う者よりも追われるもののが、はるかにつらいものです。おそらく、吉田総監督をはじめヤマダの指導陣は、このようなプレッシャーを日々の練習のエネルギーに変換しているのでしょう。
このヤマダのような超強豪校があと一校、二校と次々に誕生して、全国の各ブロック単位(東北・関東・近畿というような)に割拠すれば、日本の卓球界はほんとうに強くなります。そうなると、日本卓球はかつての栄光の時代を取り戻せるかもしれません。そのファーストステップとなったのが、今年度の全日本のような気がします。
昨年開設された「エリートアカデミー」が、今後ヤマダと対抗する勢力となるのは間違いないでしょう。たぶん、あと2、3年先には、ヤマダとアカデミーが中学や高校の決勝戦で激突するようになるはずです。それがそういう時代への幕開けとなればうれしいものです。
【男子決勝戦】
水谷4(9、7、8、−8、15)1松平(健)
さて、全日本の男子決勝戦です。
決勝戦前の華やかなセレモニーが終わり、会場の照明がふたたびコートを明るく照らします。すると、そこには二人の若者のさわやかというか、決勝戦にはちょっと不似合いなリラックスした表情も照明に浮かびあがってきました。
この対戦する両者は、ともにヤマダ出身者。もう相手の手の内から性格まで知り尽くしている関係が、このような表情を生み出しているのでしょうか。
とくに、水谷の表情には余裕が伺えます。全日本連覇。今回に三連覇をねらうチャンプの実績と経験がそうさせているのでしょうか。あるいはこれまで何度も挑戦者である松平と部内で対戦していて、松平には負けないという確信がそうさせているのでしょうか。
この決勝戦まで、水谷は前回解説したように、岸川に逆転して勝ち進み、いっぽう松平、一度は吉田にマッチポイントを握られながらも逆転して、はじめてこの舞台に登場してきました。
例年、水谷と吉田は、ともに楽勝で決勝まで勝ち残ってくるわけではありません。決勝まで、かならず一度や二度、マッチポイントを先に取られたり、ファイナルゲームの序盤に大差をつけられたりしながら、なんとか勝利をもぎとってくるのです。
今回も例年と同じようなパターンで水谷と吉田は勝ち進んできました。水谷は岸川にファイナルゲーム4−8から逆転し、吉田は準決勝で中学生の丹羽にかなり追い詰められて挽回し、準決勝(マツケンとの対戦)でも劣勢を跳ね返し、先にマッチポイントをとったのでした。
ここまでは例年と同じパターンだったのですが、恐るべき高校生のマツケンによって、このパターンは破られたのです。マツケンは、この水谷と吉田が持っている挽回・逆転の不屈のメンタリティを受け継いでいるのかもしれません。
この三名のようなタイプのメンタリティと対戦する相手は、いくらリードしていても、最後の勝負を決する1本を手にすることがなんと遠いのか思い知るはずです。
これまで、歴戦の勇士はかならず、かれらのようなメンタリティを有していました。ということからすると、彼らはテクニカルだけではなく、メンタリティにおいても、復活ニッポンの心技のレジェンドを刻印しました。
しかし、彼らにはもう一つ欠けていることがあります。心技とくれば、あとは「体」でしょう。決勝をたたかう二人に欠けているのはあきらかにフィジカルです。
持久力と瞬発力、それに俊敏性です。この三つのフィジカルが備わったとき、彼らははじめて中国と卓球王国の座をかけて雌雄を決する挑戦権を得たことになります。
決勝のゲーム内容は、松平が前陣で頂点を広角に強打でヒットし、水谷は中陣で応戦するという展開。スピードの松平とトップスピンの対決という構図という観方もできます。
この観戦記の初回、全日本出場の選手の多くが、フォアハンドが水平になっていると述べましたが、それが顕著にあらわれていたのが松平です。ここまで小さいバックスイングと水平スイングは、男子では松平以外に見当たりません。
ちなみに、卓球王国3月号のインタビューで、彼はドイツで中国人のコーチにフォアハンドを直されていると答えています。このコーチの指導によって、このような水平スイングになったのでしょうか。
あと1年かけてよくしていくそうですが、彼のフォアハンドの問題点を卓技研の「水平打法」の見地から指摘しておきます。
1.ラケット面が外に若干ですが開き気味なので、開かないように意識すること。
2.そのためにはバックスイングで、右ヒジを身体から少し離れるように後ろに引くこと。すると必然的に、ラケット面は内を向くようになる。
3.ヒジをこのように引くということは、肩甲骨を背骨の方に入れることになり、肩甲骨打法の要領でパワーが増量される。
4.いまもバックスイングの位置は高いが、全般的にもっと高くすることができる。バックスイングは固定しないで、飛んでくるボールの高さに応じて柔軟に調整する。バックスイングが高い位置にあると、前陣での瞬間的なブロックも対応できるようになり、ブロックのリターンスピードもアップする。
5.ラケット面をもっと垂直に立てて、もっと水平に振れば、さらにスピードが増し、相手フォアサイドを鋭角にえぐる打球が打ちやすくなる。
以上ですが、これは卓技研でいつも解説している「水平打法」と同じことを繰り返しています。
じつは水平打法は卓技研内ではもっと進化しています。これは文章だけでは理解しづらいので、いずれスチールとムービーのビジュアルで解説しようと思います。
前回も述べましたが、松平のバックハンドの水平強打は見事です。しかもロングだけではなくツッツキを強打できるのです。これは先手を取れるので、彼の大きな武器になっています。しかも一発で相手バックサイドを鋭角に抜くこともできるほどの破壊力があります。
いままでほとんどのシェークの選手は、バックへのツッツキはバックハンドフリックやドライブでしたが、このような強打が打てれば、かなりの効力を発揮するでしょう。
水谷は1ゲームこそ獲られたものの、観ていて、まず水谷は負けないなあという感じが一貫してありました。対戦者に慣れていることもありますが、いくら松平の前陣での強打が鋭いといっても、まだまだあの程度では水谷をぶち抜くことはできないでしょう。
とはいっても、水谷にはここは肝に銘じてほしいところですが、やはり自分から攻撃を仕掛けていく展開をもっと多くしないと、中国相手では太刀打ちできないのです。日本人プレーヤーでは、その攻撃を迎え撃つことができますが、中国人相手では一発で抜かれることが多かったことを忘れないことです。
※以上で全日本男子の観戦記は終わります。近日、女子の観戦記を報告する予定です。
秋場龍一
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