ゲームウオッチ
2008年度・全日本選手権【その2】



ファイナルゲーム大逆転の真相
-水谷対岸川の準決勝-

 ここのところ、アクセス数がものすごく増えています。やはり全日本の影響でしょうか。率直に、このようなアクセスカウントを見ると嬉しいものです。と同時に、やりがいと責任感が出てきます。もっと頻繁に更新しようとか、おもしろくて役に立つ内容にしなくては……という。
実はいま着々と、新しいコーナーを準備中です。そのうちの一つは、卓球ファンなら、一度読めば次の更新が待ち遠しくてしかたないという「連載企画」です。まだ具体的には発表できませんが、もうすこしお待ちください。
また、『卓球パーフェクトマスター』を当サイトで買ってくださる方も増えており、発行部数は6万部を超え7万部に迫る勢いです。日本卓球協会に登録している人は29万人弱です。この人たちは全国の卓球協会主催の大会に出場する「選手」がほとんどでしょう。となると、少なく見積もっても、日本の卓球選手の5人に1人が『卓球パーフェクトマスター』を読んでいただいていることになります。
この数字を見ると、卓技研は日本の卓球のテクニックやメンタルに、少なからず影響を及ぼしていることはまちがいないでしょう。そしてまた、嬉しさとやりがいと責任感を覚えます。

丹羽、史上最年少で世界選手権出場!

 前回のこのコーナーで「大注目」と絶賛した丹羽孝希くんが、今年4月に開催される「2009年世界卓球選手権横浜大会」(個人戦・4.28〜5.5、横浜市・横浜アリーナ)の代表(シングルス)に選ばれました。14歳6ヶ月での出場は男子では史上最年少のことです。
男子代表10人のなかに岸川も入っていますが、水谷と組むダブルスのみの出場です。ということは、丹羽は岸川を押しのけてシングルスの代表枠(7人)に入ったことになります。この代表入りの選考に、日本のナショナルチームの丹羽への期待の大きさが伝わってきます。
丹羽の選出は将来性を買われてのことだと思われるでしょうが、いま現在の彼の実力でも十分に代表枠に入ることができます。ですから、この選考は至極妥当なものです。それにしても、世界選手権で彼のプレーが観られるなんて、うれしいな。いまから、わくわくしてきます。
●世界選手権代表
【男子シングルス】韓陽、水谷隼、吉田海偉、大矢英俊、松平賢二、松平健太、丹羽孝希
【女子シングルス】福原愛、藤沼亜衣、田勢美貴江、平野早矢香、福岡春菜、石川佳純、石垣優香
【男子ダブルス】水谷・岸川(残り2ペアは未定)
【女子ダブルス】(3ペア未定)
【混合ダブルス】田勢/田勢(残り6ペアは未定)

さて、全日本男子の続編です。

水谷4(5、−6、−10、13、−3、6、9)3岸川 【準決勝】

ゲームの土壇場で勝ちを意識したとき……

 この両者は、何年間もドイツのプロリーグでともに参戦しており、またダブルスのペアを組み、お互いに手の内を知り尽くしています。この試合内容と結果を岸川サイドからみると「試合に勝ち、勝負に負けた」典型的なケースでした。
岸川は3ゲームを先に先取し、ファイナルゲームも8−4でリード。ここまでは完全に岸川のペースです。ところが、自分の勝ちが見えてきて、勝負を意識してしまったため、勝利の女神に見放されてしまったのです。
岸川8−4からの試合の流れをふりかりましょう。このポイントになった時点で、水谷はそれまでのフォアハンドサービスから、はじめてバックハンドサービスをつかいます。得点差もゲーム内容も勝負の流れも完全に岸川です。バックハンドサービスに変えた時点で、なんとかこのペースを変えたいという水谷の気持ちが痛いほどよくわかります。
このサービスが影響したのかどうか、岸川はなんとも中途半端なプレーで2ポイント連続失います。「あ、岸川、勝ちを意識しちゃったな」と、これまた岸川の気持ちが痛いほど伝わってきます。
まあ、観客席から観て、そうはっきりわかるのですから、卓球台をはさんですぐ近くで対戦している水谷には、よりはっきりと岸川の意識のゆれを感じたはずです。
そして、4点差があっというまに同点となって8−8。この勝ちを意識した時点で、タイムアウトをとりたいところだったのですが、あいにくもうつかっています。岸川は気持ちの切り替えができなかったことが、4連続失点につながったことはまちがいないでしょう。
8−8から水谷の強ドライブを岸川のフォアハンド・カウンターが見事に決まります。岸川にしてはめずらしく、大きな声とガッツポーズ。9−8。ここでふたたび岸川がリード。勝負を意識してビビッたときは、得てして、こういうカウンターが決まるものです。なぜなら、もうカウンターしか手段はない状態です。勝ちを意識するもなにも、飛んできたボールを当てるしかないわけですから。
しかし、この岸川のカウンターは勝利に結びつく一撃とはなりませんでした。9−8から、水谷がまたしても連続で得点して、一気に9−11で押し切ったのです。
結果論ですが、このゲーム最大の局面は8−4で岸川リードのところになります。ファイナルゲームとなり、ようやくあと3点とれば勝てるという時点で、多くのプレーヤーは勝ちを意識します。そしてその意識を持ったままプレーすれば、それは身体の隅々に影響を与えるのです。
まして、卓球は微妙な力の加減が、思わぬオーバーミスやネットミスにつながります。また、不思議なことに、勝ちを意識すると、勝負の女神のご機嫌をそこなうのか、ぷいっと背中を向けて、相手側に寝返ってしまうのかです。
では、勝ちを意識してはいけないのか。いや、それはある面、仕様の無いことです。人間に「自我」というものがあるかぎり、こういう局面では、どんなベテランのアスリートでも、百戦錬磨の勝負師でも、意識してしまうでしょう。
問題はこの勝ちを意識した次の瞬間なのです。自分が勝ちを意識したら、まずはそれをはっきりと認めること。「ああ、自分は勝ちを意識した」と。そのように勝ちを意識した自分を、もう一人の自分が冷静で客観的な眼で見つめるのです。そんな勝負にこだわる、小賢しい自分を笑うことができれば、あなたのメンタルはたいしたものです。
ここでいったん「死んでしまえば」最高です。「死ぬ」とは、やる気をなくすことや、勝負を投げることではありません。「死ぬ」とは、勝ちを意識したい自分が死ぬことで、新たな勝ちを意識しない自分が誕生することです。そういう「勝ちを意識した自分を殺す」ことなのです。もし、そういう自分が死ぬことができれば、新たな意識をもった自分が誕生することができるのですから。
こういう局面では、また多くのプレーヤーは、そんな勝ちを意識した自分を中途半端に理解して、そんな意識を払拭するために「集中」なんて口にするものです。応援している人も「集中だ!」と声援します。でも、こんな局面で集中しないプレーヤーなんていません。問題は集中の仕方なんです。「集中するぞ!」なんて、勢い込んでプレーに入ってしまうと、身体が硬くなって、思わず凡ミスをやらかしてしまうものです。
もう、こんな局面ではなにも考えない。ただ、飛んできたボールを打つだけ、という意識でプレーに入ったほうがいいのです。自我は、人間が生きていくうえで必要不可欠なものですが、こういう局面では十全なるプレーのさまたげになります。頭で、どうこう考えず、また「集中だ」「根性だ」なんてヘタに気合を入れないで、自分の身体全体を信じて、無の状態でプレーに入るのです。そして、ほんとうの集中とは、こういういわば明鏡止水の状態です。

水谷の弱点を攻める岸川。
その作戦は成功していたのだが……

 優勝した水谷が試合後のインタビューで、「みんな自分の弱点を攻めてきた」と答えていますが、そのことをもっとも印象づけたのが、この岸川との一戦でしょう。
 では、水谷の弱点とはどこか。いくつかありますが、その一つはバックハンドです。もちろん、バックハンドが下手なわけではありません。並のプレーヤーと比べれば、それははるかに上手いです。弱点というのは、水谷の各々の技術レベルから比較してのことです。
 岸川ははっきりと、この水谷のバックハンドにねらいを定めてきました。ちなみに、右利き対左利きのゲームは、バック・バックのストレートコースのラリー戦になることが圧倒的に多いものです。ですから、右利きと左利きが対戦するときは、このバック・バックのラリー戦を優位にすることが必要です。
 岸川はご存知のようにバックハンドの名手です。とくに、中陣からのバックハンドボレーと強打は、日本はもちろん世界的にも群を抜いています。戦争をふくめ競争の定石とは、敵の弱い面と自分の強い面を対峙するようにすることです。一方の水谷はバックハンドが苦手ですから、岸川がバック・バックのラリー戦に持ち込んだのは定石にかなっています。
 この作戦が功を奏して、岸川優位のまま試合は展開したのですが、ファイナルゲーム8−4となって、岸川が勝ちを意識した時点で勝負はあったのでしょう。
おそらく、そんな岸川の気持ちを水谷はさとったのです。勝負の世界では、ビビッた態度や弱気な面を相手に絶対見せてはいけません。そういう面を見せた瞬間、相手に呑んでかかられてしまうのです。
 試合とは、技術の試し合いだけではなく、心理の試し合いでもあるのです。

※全日本男子シングルス決勝戦および、女子シングルスの観戦記は次回に。近日、公開します。


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                     秋場龍一

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