タラ・レバを言ったあとで

 「局面」とは、囲碁や将棋から派生した言葉で、盤面上で争われる勝負の形勢を意味するものだ。囲碁や将棋ばかりではなく、スポーツや勝負ごとのターニングポイントという意味で「局面」が使われることが多い。今回は、卓球の試合における局面について展開してみたい。
 ところで、試合で負けた選手の口から「あのエッジボールがなかっタラ」とか「あそこで、スマッシュが決まっていレバ」というような言葉をよく聞く。いわゆる「タラ・レバ」というやつだ。
 このタラ・レバというもの、勝負の分かれ目で、幸運の女神は相手に微笑み、自分には微笑まなかったと、女神や運・不運、ツキのせいにしてしまって、敗戦の悔しさをごまかすニュアンスが含まれている。しかし、いつまでもタラ・レバで終始していると、ずっと永遠に卓球なんて、そしてすべての勝負事に勝つことなんてできやしない。
 タラ・レバを言いたい、その気持ちは痛いほどよくわかる。これまで一度も負けずに、卓球の世界チャンピオンになったものなどいない。みんな敗戦の悔しさをバネにして、這い上がってきたのだ。そして、このタラ・レバを単なるグチに終わらせずに、その敗戦を冷静に分析して、自分が上達する糧にしているのである。
 誰でも負ける。世界チャンピオンだって負ける。ただし、その負けたあとが問題なのだ。ほとんど人は、その負けたことをすぐにケロッと忘れてしまう。いや、忘れたフリをしている。
 また、自分が負けた相手は憎いかもしれない。けれど、自分の弱点を教えてくれた、尊い師匠と考えることはできないだろうか。試合に勝てばうれしい。楽しい。いい気持ちだ。負ければ悲しい。苦しい。辛い気持ちだ。
 でも、仮に練習もしないで、いきなり世界チャンピオンになったところで、ほんとうにうれしいだろうか。あなたが、たとえ二年の卓球キャリアしかなくても、まったく卓球の初心者と試合をして勝ってもうれしくないはずだ。
 自分よりはるかに弱い相手とばかりやっていると、楽しくないし飽きてくる。卓球だけではない。囲碁だって、将棋だって、ゲームだってそうだろう。自分よりも、強い相手が存在することからこそ、本当の深い楽しさを味わえるのではないか。
 まあ、だいいち、そんなに簡単にトップクラスになれるわけがない。勝負の世界には、「上には上がいる」ものだ。それは言葉を換えれば、それだけ自分が上達するための師匠がたくさんいることを意味する。
 敗戦の直後、タラ・レバを愚痴ってもいいだろう。しかし、そのあと試合を振り返って、なぜ自分は負けたのかじっくりと分析することである。強くなるものは、誰もが例外なく「負けず嫌い」である。この負けず嫌いを、単に感情面だけで終わらせずに、冷静に試合を分析し、自己を分析することに転化してみよう。
 そうしたら、かならず気づくことがあるだろう。あそこが……というポイントが。それが、その試合の「局面」だ。そこをよく振り返るのだ。局面には、普遍性がある。かならず、これから出場する試合で、ふたたび同じような局面に出あうだろう。勝負に強いこと、メンタルに強いとは、局面をよく知っている者のことかもしれない。

ファイナルゲームのチェンジエンド後に
最大の局面が待っている

 試合の過程で、この1本という大切な局面がある。では、卓球の試合で、最大の局面はどこだろう。もちろん、その試合によって、あとで振り返ればあそこが最大の局面だったというポイントはあるだろうが、ここでいう「最大の局面」とは、競った試合に共通しているポイントだ。いわば、普遍的な最大の局面である。
 それは、ファイナルゲームのチェンジエンドした直後のポイントである。たとえば5ゲームマッチの試合なら、第5ゲームにどちらかが5得点を獲るとエンドが換わる。その直後のポイントを獲るかどうかが、勝負の行方に大きな影響を与える。たとえチェンジエンドしたときリードされていても、ここで得点したほうが8割以上その試合に勝つだろう。
 次に紹介するのは、ある中学のコーチをしていたとき、ダブルスの試合で起こったことだ。その試合では、1ゲーム(セット)ごとに勝敗が分かれる、ダブルスではよくある試合展開になった。つまり、ダブルスではゲームごとに打球する組み合わせがかわる。その相性のために、はっきりとそのゲームの優劣が決まってしまう。
 ゲームポイント2-2。そして第5ゲームは、相手が勝つパターンの組み合わせで始まる。そして、チェンジエンドしたら、自分たちが優位な組み合わせになる。私は、第4ゲームと第5ゲームのあいだの休憩時間に、次のようにアドバイスした
 「相手が有利な組み合わせで始まるが、チェンジエンドのあとは自分たちが有利なパターンになる。だから、最初リードされても絶対に諦めるな。チェンジエンドしたあとはかならず逆転できるから」
 そう言って、私は選手たちを第5ゲームに送り出した。第5ゲームが始まると、案の定というか、想定通りというか、リードされて始まってしまった。しかも、なんと0-5でチェンジエンド。いくら、チェンジエンド後のパターンがいいといっても、これだけ離されたら、逆転するのはかなりきつい。 
そんなふうに、コーチとして悲観的な見方になりかけた。ところが、チェンジエンド 後、あれよあれよ挽回して勝ってしまったのだ。ゲームセットになったときのスコア は11-5。なんと、11ポイント連続、獲ってしまったわけだ。
 以上の例は極端だが、ダブルスは対戦する4人のペアの組み合わせの関係でこういうことがよくある。しかし、絶対にそれだけではない。ゲームオールのチェンジ後のポイントを獲ったからこそ、このダブルスは逆転勝ちを収めることができたと私は考える。
 大会に出たとき、ファイナルゲームとなった試合の行方をよく見ていてほしい。どちらかが5点獲ってチェンジエンドする。その直後のポイントをどちらが得点したのか、そしてその試合の結果を。おそらく、私がここで述べたことがハッタリでないことがわかっていただけると思う。さすがに、0-5とか1-5では、逆転は難しいことが多いけれど、2-5、3-5では、8割以上の確率でチェンジエンド後のポイントを獲ったほうが勝つだろう。


勝負には流れがある

 さて、なぜこうなるのだろう。勝負というものには、その力量が接近していればいるほど、「流れ」が生まれる。いや、力量など関係のない、確率だけの世界、たとえばルーレットの赤と黒が出るパターンも、かならずある流れがある。赤と黒が出る確率は五分と五分。だから、赤と黒は交互に出るように思ってしまう。ところが実際には、赤が7回連続して出たりすることもめずらしくはない。不思議だが、こういうことが頻繁に起こる。このパターンを読むのがギャンブラーの腕の見せ所というものだ。
 もちろん、卓球の試合でも流れがある。その試合の流れは、何かあることをきっかけとして、変わることが多い。それを局面と呼ぼう。そして、その最大の局面がファイナルゲーム、チェンジエンド直後のポイントである。
 ここを意識するかどうかで、あなたの勝率に大きな影響を与えるだろう。5-3で勝ってチェンジエンドしたなら、油断しないで次の6ポイント目をかならず獲ろう。逆に3-5で負けていてもチェンジエンド直後のポイントを獲ると、流れが変わることが多いので、そのポイントを必死で獲りにいこう。
 それまで使わないでいた秘密のサービスがあるなら、使うのはここだ。レシーバーなら、それまでのレシーブパターンを変えてみよう。コースなら左・右・ミドルとロング・ショートを考えてみる。ツッツキでしかリターンしていなかったら、思いきってフリックを使うとか……。とにかく、チェンジエンド直後のポイントを何としても獲ることだ。
 また、たとえこのポイントを獲られてもあきらめることなんかない。リードをしていれば、その優位性を信じて次のポイントを獲ることに全力を挙げ、リードされていて、なお引き離されたとしても、チェンジエンドで流れが変わって挽回できることを信じて次のポイントを獲ることに必死になろう。

ゲームポイント、マッチポイントと局面

 局面になりやすいポイントはまだある。それは、みなさんもよく経験されてご存じのゲーム(セット)終了によることだ。第1ゲームは簡単に獲って、これは楽勝と思ったのに、第2ゲームになると様相が一変して、相手に圧倒されて獲られてしまう……こんなことはよくあるだろう。
 やはり、ゲーム間の1分とはいえ、休憩が入ることで、双方に考える時間が持てることが大きく影響する。それだけではない。休憩による時間と、チェンジエンドすることで「流れ」が変わることも大きな要因だろう。
 そして、もう一つ、意識しておきたいとっても大切なことがある。それはゲーム(セット)の終盤である。終盤になると、次のゲームへの影響を与えるということだ。ゲームが終了して、一つの流れが変わる契機になることはまちがいない。しかし、ゲームの終盤の内容は、確実に次のゲームに影響を与えるということも、また事実なのだ。
 たとえば、第1ゲーム10-3でリードしていたとする。ここで安心したり油断したりしてはいけない。相手の反攻にあって、10-8くらいまで挽回されると、かなりあせってくるものだ。そして、なんとか11-8でそのゲームを獲ったとしても、次の第2ゲームに、第1ゲーム終盤の流れが持ち込まれやすい。だから、10-3でリードしていたら、なんとしても11-3で獲りきってしまうようにしよう。つまり、第1ゲームの流れを第2ゲームにもつなげるのだ。
 反対に大きくリードされていても、そのままゲーム(セット)を終わらないで、たとえそのゲームを落とすとしても、できるだけポイントを詰めることである。そうすると、確実に次のゲームは自分に優位な流れになるだろう。
 また、ゲームポイントを握ったら、次のポイントは絶対に獲るべきなのだ。ここで、いいスマッシュを打って綺麗に決めて終わろうとか、日ごろ使ったことのないテクニックを試そうとか、つい油断や遊んでしまうことがあるものだ。
 そういうことをすると、かならずどこかでしっぺ返しにあうだろう。ゲームポイントやマッチポイントを握ったら、「もう安心だ」とか「ちょっと遊ぼう」とかしがちだが、それは勝負の世界にたいする未熟さのあらわれである。マッチポイントを獲ったら、絶対に次のポイントで獲る。たとえそのポイントを獲られても、しっかりと獲りきるという意識でやっている限り、大逆転をくらうことはあまりないだろう。
 ところが、獲りきる気持ちでやっていても、10-3からでも10-10と追いつかれてしまうこともままある。これはある面しょうがない。こういうときは、あせらないことだ。
10-3になったとき、相手はもうこのゲームは獲られてしまうと諦める気持ちが出たはずだ。どんなに精神力の強い持ち主でも、これくらい点差が開くと、少しはこういう諦めの気持ちが起こるものだ。しかし、こういう勝負の執着から離れたとき、えてして人間は実力が出て、思いきったプレーとなって、それまでとは打って変わったプレーヤーに突然変異したりする。
 10-3で勝ってるほうは、10-6あたりまでは、まだまだ大丈夫と安心しているが、これが10-7となると、少し焦りはじめ、10-8となるともう形勢は五分五分、そして10-9になるとメンタルでは挽回しているほうが優位にたつ。そして、とうとう10-10。デュースだ。
 さて、ここからが問題なのだ。ここまで、最初にリードしていたほうが、油断しないで獲りきるつもりでプレーしていたのに、相手の思わぬ反攻にあってデュースに持ち込まれたら、そんなに精神的なダメージはないはずだ。ところが、油断していて、デュースに持ち込まれると、精神的なダメージは大きい。こういう面からも、マッチポイントを握ったら次を獲りきる気持ちが大切なのである。
 さて、10-10である。ここでまた一つの大きな局面を迎える。10-10になるまでは、リードされていた相手は、このゲームは落として元々という、ある面、気軽な気持ちでここまで挽回したはずだ。ところが10-10となって、これは勝てるかもしれないと思う。そう思った瞬間、それまでの思いっ切りのよさが消えてしまうことがある。
 リードしていたほうも、ここからの気持ちが大切だ。「ああ、あんなにリードしていたのに。ヤバイ……」なんて、後悔したり、あるいは負けるかもしれないと不安になってはいけない。
 いいかい、ここの気持ちや考え方がとっても大切なんだ。過去を後悔したり、未来に不安を持つ、というのは、いわば自我のある人間の最大の問題点だ。ついつい、こういう自我のワナにはまる。過去や未来に意識を向けることよりも、いま現在に意識を向けることである。
 終わったことは仕方がないし、勝負の行方も、どちらかが勝ち、どちらかが負けるのだ。過去や未来に意識を向けたとき、現在がうしなわれてしまう。ところが、試合のプレーというものは、いま現在の連続のなかで起こっている。
 すると、どういうことが起こるのかというと、集中できない状態になるのだ。だって、集中とは、いまこの現在に注目することであり、過去や未来に意識がいって、現在にいないということは集中できていないことになる。それが、過剰な緊張感、あるいは油断につながってしまうのだ。
 さて、点数は10-10のイーブン。点数にかぎっては、まったくの互角なのだ。そう思って、ここからゲームが始めるというつもりで、リフレッシュした気分でプレーに臨むことである。
 問題は気持ちの在り方一つ。局面では、ちょっとしたメンタルの持ち方でゲームの流れがが変わる。スポーツ、とりわけ卓球は、ほんの少しの気分で、グリップやスイング、フットワークなどに影響を与え、それがほんの数ミリの狂いとなってオーバーミスやネットミスにつながる。
 たとえ10-0から10-10になっても、焦らないこと。ここで流れが変わる可能性が大きいからだ。局面だ。局面と思ったら、もう一度、確認しよう。過去や未来のことに意識を向けないで、いま、この現在に意識を向ける、ということを。

 以上述べてきたことはいわば「大局面」で、普遍的な局面はまだある。
 実はゲームが始まる前から局面ははじまっている。準備運動はフィジカルだけではなく、メンタルも十分に行っておくこと。試合のコールをされたのでボウッとコートに向かうのではなく、やはり事前に「強い気持ち」になっておくことが大切だ。これも目の前に相手はいないし、試合は始まっていないが、局面は迎えているのである。
 そして、試合前のあいさつ。あいさつをしっかりしたほうが精神的に優位にたてる。そのことをよく知っているから、強豪校ほどきちんとしたあいさつができるのだ。あいさつをきちんとするのは、スポーツマンシップとか礼儀という面だけではない。あいさつからもう勝負は始まっているのだ。そのことを強豪校はよく知ったうえで、あいさつの練習もしっかと積むのである。あいさつは局面なのだ。
 流れが変わる局面はまだまだある。あとは、自分で探してもらいたい。試合には流れがあり、それが変わる局面がある。局面を打開する鍵は意識の持ち方一つである。


                     秋場龍一

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