「対カット戦法」に象徴される日本卓球の弱点

 前回の技術論、「では、なぜ日本のトッププレーヤーは、戸田のように、そして世界のトップのように、カットマンを攻められないのだろうか……」のつづきである。

 その国、あるいはそのチームの卓球レベルがアップするには、その国やチームのトッププレーヤーが強くなること、同時に底辺の拡大と底上げが必要である。この二点が同時になされるとき、その目的は達せられる。それは、まさに卓球王国・中国をみれば明らかだろう。オリンピックで完勝するトッププレーヤー、そして1億人はいるといわれる卓球人口。この二点が有機的に作用して現在の王国をつくりあげている。
 日本の卓球界の場合、10年前とくらべると、それはもう想像を絶する人気ぶりだ。世界選手権やオリンピックで、卓球のテレビ放送がゴールデンの時間帯に観られ、しかもそこそこの視聴率をとるなんて、誰が10年前に想像しただろうか。
 この卓球人気はもちろん「愛ちゃん人気」に支えられてのことだ。だから、放送されるのは、圧倒的に女子の試合だ。それでも徐々に男子の試合も放送枠が増えはじめ、「男子の卓球は迫力があって、これまでの卓球のイメージが変わった」という、卓球をしない一般からの声を聞くようになった。
 いまが日本卓球の底辺が拡大される最高のチャンスかもしれない。これからは、ぜひ卓球の実力でもって、卓球ファンを増やしたいものだ。それには、なんとしても、日本卓球が世界のトップに立たなければならない。
 だが、このままでは危うい。福原や石川のアイドル的な人気は喜ばしいことだが、いつまでもおんぶされているわけにはいかないだろう。やはり、日本の卓球が強くなって、
卓球のスポーツとしての面白さで観衆を魅了し、卓球ファンを増やしたい。やはり日本のトップが世界のトップとイコールである時代を再現したい。
 では、どうすればそうなるのか。その前になぜ、日本はかつての卓球王国から、いつまでも陥落しつづけているのだろうかを問い直さないといけないだろう。
 そのもっとも象徴的なものが「カットマン攻略」である。日本の攻撃陣の対カットの戦いぶりに、日本卓球の弱点がくっきり露呈している。
 いささかオーバーな書きっぷりになってしまって気恥ずかしい。卓球を愛する者として、サッカーや野球のような「国民的スポーツ」にしたいという願望があって、こういう表現になってしまったのだろう。

「前例のない」ことをやるのが
人間であり生物である

 さて、卓球王国・中国も、ずっと勝ちっぱなしできたわけではない。これまで何度か他国に敗れている。男子はスウェーデンや韓国に、女子は韓国・北朝鮮の合同チームに。しかし、そのつぎの大会ではみごとにリベンジを果たした。そしてそれは「NEW中国」というプレースタイルをともなってのことだった。
 孫子の兵法だか、クラウゼビッツの戦争論だか忘れたが、敗軍の将ほど戦をよく学ぶという。痛い目にあったとき、人はこれまでの自分の姿がよく見え、ふたたび痛い目にあわないためにはどうすればいいのか真剣に分析するものだ。卑近な例では、病気になったとき、日ごろの不摂生が身にしみるものである。
 ところがだ、痛い目にあっても、これがすぐ忘れてしまうものだ。「喉元過ぎれば」何とやらである。卓球に関するかぎり、日本人は「喉元過ぎれば」が圧倒的に多いのではなかろうか。

 では、なぜ日本のトッププレーヤーは、いつもいつも同じパターンでカットマンと対戦し、同じパターンで負けてしまうのか。それについて展開してみよう。ただし、これはトッププレーヤーだけに限ったことではない。中級・初級も同じである。
 それは恐らく、いままでのやりかたでも、「それなりに通用していた」から、そのやりかたの確度や精度を上げれば、この次はもしかしたら勝てるかもしれない……といった意識が働くからだろう。
 また、自分のプレーを客観的に分析することができないからではないか。トッププレーヤーのほとんどは、自分の試合をビデオに撮っている。それはたぶん、「青春時代の思い出のビデオ」にするためではないだろう。自分の試合をビデオで観て、しっかり客観的に自己分析するためだろう。また、世界のトップがどうやってカットマンを攻略しているのか、日本のトップはよく観ているはずだ。
 なのに、私にはいつも同じように負けているようにみえる。ときどき、こんな言葉を耳にする。
 「前例がない」
 こういって、相手からの申し出を拒絶するのだ。役所やよどんだ体質の会社や組織、コミュニティで聞く言葉である。この言葉を聞くと、それをいった人間がサルに見えてしまう。いや、サルにも失礼だろう。彼らも日々学習しているのだから。だいたいから、私たちが繰り返す日々は前例がないのだ。いまこの瞬間から、絶えず「前例のない」一刻を迎えつづけているのである。
 私たちの身体だって、一瞬一瞬、前例のない状態を繰り返している。一見、前例どおりの状態がつづいているようだが、一刻の猶予もなく、前例のない状態に生命活動は突入しているのだ。
 生きることや生命とは、つまりそういうものなのだ。地球だって、いやこの森羅万象を包摂する宇宙だって、そうなのだ。
 それを不遜にも「前例がない」の一言で、まるで水戸黄門の印籠のように上から目線で抑え込もうとする。このような発言をする体質が、対カット戦法にも累及しているように思えてならない。
 スポーツ競技も卓球も、「前例がない」状態に一瞬一瞬、一球一球突入しているのだ。上達する者とは、前例がない状態をみずから意識的に創出している者であると換言してもいいだろう。
 世界を狙わんとする日本のトッププレーヤーよ、つぎの大会で上位をめざす市民・学生プレーヤーよ、そして卓球を愛するすべてのみなさん、前例などクソくらえだ。
 ……ちょっと、どういうことか、今回の小生はハイテンションになりすぎる。これを筆が滑る(いまならキィボードがスリーピー)というのだろう。

30年以上前の対カット戦法

 さて、本題にもどろう。松下や渋谷など日本が誇るカットマンにたいして、パーソンが、ワン・リチン(王励勤)が、そして戸田が攻めたように、なぜやらないのだろうか?
 端的にいえば、冒険をともなうからである。冒険とは危険と隣り合わせだ。カットマンがツブ高を貼るバックサイド深くへ、2球3球と連続してパワードライブでいきなり攻めるのである。しかも、このパワードライブはいわばつなぎのボールで、決め球はストレートにもっと強力なパワードライブを打つのである。
 まあ、このように文章で書けば、このようなカットマン攻略はそれほど難しそうにはみえないかもしれないが、この攻略法を使うのなら、対カットマンとの心構えも、また体力もタフでなければならない。
 カットマンと対戦する攻撃型は、まずその心構えが対攻撃型とでは異なるはずだ。対カットマンとは「凡ミスに気をつけてゆっくり料理してやろう」と考えている攻撃型が多いはずだ。対攻撃型とやるときのように、2球目攻撃や3球目攻撃はあまり意識していない。カットマンはこっちがツッツキや軽いドライブでも、ツッツキやカットで返してくるから、そのボールをドライブで攻めていって、チャンスボールがきたら、強ドライブや強打で攻めよう、なんていう気持ちだろう。
 だが、かつての松下や渋谷、それに現在の世界トップのカットマンはもちろん、そこそこの力があるカットマンは、この手の攻略法はほぼ通用しない。カットマンのツブ高の切れ味、それにカットマンのドライブ攻撃の向上により、ドライブ対カットのラリーがつづくほどカットマンに有利にはたらく。30年前以上はドライブ攻撃型のほうが有利だったが、現在では明らかにカットマンが相対的に有利な展開となる。
 こんな10年前の話がある。かつて強豪でならしたという当時60がらみの男性が、また数十年ぶりに卓球をはじめた。さすが昔取った杵柄とやらで、若者相手にそこそこのゲームはするのだ。
 その男性が「オレはカットマンを料理するのが得意なんだ」と練習場で吹聴していた。そんなある日、この男性が地域の市民大会に出場した。その1回戦はお得意のはずのカットマンである。どういうように、カットマンを料理するのか、お手並み拝見と興味津々で観た。
 すると、その男性、いきなりループもどきの山なりのボールを放つではないか。そして、切れたボールやバックにカットがくると、ストップまがいのツッツキ。たしかに腰がきまって、安定したカット打ちだ。でも、これじゃあね……と思っていると、案の定、最初はこの山なりに面食らった対戦相手のカットマンもすぐに慣れて、ボカスカにカットマンに打たれはじめ、料理するはずが、逆にカットマンにあっさりと料理されてしまった。
 この話を持ちだしたのは、なにもこの男性をコケにしようと思ったからではない。日本のトッププレーヤーも大なり小なりこの男性と同じことをやっていると思ったからだ。
 ラバーの変化と攻撃力の向上によって、攻撃型の対カット攻略はラリーがつづくほど、カットマンが相対的に有利になった。そこで、編み出された対カット戦法が、できるかぎり少ないラリー数で決着しようとするものである。
 この「少ラリー戦法」を使うには、最初からサイドへ深い強力なドライブで攻める必要がある。これでカットマンを対角線上に台から引き離すと同時に、カウンター攻撃を封じる。そして、息継ぎもしないで、今度はストレートコースに決定的なパワードライブをかますのだ。だから、正確には「少ラリー戦法」というより、「少ラリーパワー戦法」だろう。
 かなり強引で危険性のある戦法だ。カットマンにもタフを強いるが、やっている攻撃型もそれ以上のタフさが要求される。ミスが出る確率は増えるだろうし、フィジカルも相当なタフさが必要とされる。だが、これが世界でスタンダードな対カット戦法なのだ。この水準で戦うことが基本ラインである。

「NEW平野」が楽しみだ

 この「少ラリーパワー戦法」は男子に多く、女子ではまだ男子的なハードさはないが、チャン・イニン(張)は、基本的にこの戦法を踏襲している。彼女の場合、強ドライブをバック→バックと攻めてフォアというより、フォア→フォアとクロスに攻めて、決定打はバックサイドにストレートというコースどりが多い。しかも、このストレートへのドライブは逆モーションが入る。中後陣のカットマンにも逆モーションは効くのだ。世界屈指のカット王国・韓国女子もチャンの、このストレート・逆モーションドライブは止められない。
 平野は日本屈指のカットマンキラーだとされていたが、オリンピック女子団体のメダルがかかった試合で、韓国のカットマンに敗れた。その平野は「NEW平野」を宣言したという。彼女は分かっているのだ。前例のやりかたでは、通用しないということを。敗戦でしっかり学習している。どんな「おニューな平野」にお目にかかるか、来年1月の全日本は楽しみだ。

対カット攻略は一つではない

 「少ラリーパワー戦法」が世界標準の対カット攻略法であることは間違いないが、もちろんすべての攻撃型がこの戦法でやれといってるわけではない。攻撃型であっても、対カットマンには徹底的にドライブで粘って、カットマンが100本返したら、自分は101本返す気持ちで戦ってもいいし、その気ならカットマン相手にツッツキで粘り、促進ルールに持ち込み、それから勝機を見出すのもいいだろう。
 こういう戦法をやるのなら、ドライブにしろツッツキにしろ、千本ラリーの練習を積まなくてはならないだろうし、また促進に入ったときのために、サービスをもったときに13本以内で決めることや、レシーブのときの対応なども訓練しておかないといけないだろう。
 また、徹底的に相手カットマンのカットを攻撃しないという戦法もある。サービスをもったら3球目攻撃、レシーブなら2球目や4球目攻撃を狙い、それがカットでリターンされたらツッツキをして、相手カットマンがツッツキをしたらそれをまた攻撃し、カットでリターンされたらまたツッツキでリターンし、そのツッツキを攻撃するということを繰り返すという戦法だ。
 この戦法はカットマンのまさに主戦武器であるカットを封じる「カット殺し戦法」である。この戦法は、こっちがツッツキをしたときに、逆にカットマンからの攻撃されることが多くなるだろうから、ツッツキの精度を高めるとともにカットマンの攻撃をブロックする訓練も必要だろう。
 相対的にこういう戦法はカットマンが有利だが、あくまで相対的であって絶対的ではない。要は「前例」に固着した卓球を絶えずぶち破り、自分に適したスタイルを編み出しつづけるかである。

カットマンのための対攻撃型戦法

 前回でも書いたように、本文は攻撃型のための対カット攻略と同時に、カットマンのための対攻撃型攻略でもある。以上を読んでもらうと、カットマンとしてもどういう戦法が適切か理解してもらえるだろうが、ここできっちりと確認しておこう。
 端的にいうと、カットマンは攻撃型にのんびりと攻撃させないことだ。ループドライブ→ループドライブ→強ドライブというパターンを読んで、相手の甘いループドライブにはツブ高ラバーを活かして、ループドライブの回転にはその回転の倍返しのカットで「攻撃」するか、あるいはさっさと強打で仕留めてしまったほうがいいだろう。攻撃型は攻撃力のあるカットマンに攻撃されると嫌なものである。
 また「攻撃性優位」の法則を活かして、サービスでは3球目・5球目まで、レシーブでは4球目・6球目ぐらいまでは攻撃から入り、そのあとラリーがつづけばカットに入るという二段階戦法もいいだろう。
 ちなみに、世界選手権で2位になったことがあるカットマンの世界的第一人者チュ・セヒュク(朱世赫)は、「少ラリーパワー戦法」にしっかりと対応している。フォアサイドへ決定的なパワードライブを打たれても、それを中後陣からカウンタードライブで反撃してしまう。チュにはもはや「カットマン」や「カット主戦型」というプレースタイルの呼称がふさわしくない。「中陣バックカット・フォアドライブ型」と呼んだほうが正確だろう。
 もちろんカットで拾いまくることを徹底して、どんなパワードライブでも強打でも、鉄壁のブロックで守り抜くということを信条するのもいい。
 ここで初級・中級のカットマンに、ごく基本的な戦法だが、意外と知られていないものを紹介しよう。カットマンはカットやツッツキで、「切る・切らない」というバックスピンの変化で相手のミスを誘うことを基本戦略とする。
 この戦法を考えるとき、試合の終盤までは切ることを主にして、終盤に切らないボールを多くするといいだろう。対攻撃型で、とくにドライブ、しかもループドライブなどトップスピンで勝負をかけてくる相手には、とくにこの「切り方」が有効である。
 切ること、つまりバックスピンがよくかかっていると、それをドライブするとき、スイングの方向は真上となる。またトップスピンの回転量を増そうとすればそれだけスイングは真上を指向する。
 このドライブマンの指向性を逆手にとって、相手のスイング方向を真上に習慣づけるのだ。ドライブマンはそのカットやツッツキをドライブするうちに、意識しないまま真上方向にスイングしている。
 そして、試合の終盤、とくに競った試合展開になると、ほとんどのドライブマンはそのドライブの回転量でカットを浮かそうと躍起になる。そこでふっと切らないカットやツッツキを送ると、意外にたやすくそのドライブはオーバーミスをしてしまうものだ。
 また、切れたカットをドライブ攻めるのはかなりの体力がいる。切れたカットでドライブの体力を奪うという効果もある。
 「切らない→切らない→切る」よりも、「切る→切る→切らない」ほうが、戦略的な効果は高い。もうちろん、こういう戦法は上級者には常識でそれほど通用しないが、中級以下では効果抜群である。



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                     秋場龍一

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