2006年度全日本
観戦リポート

愛ちゃんは日本人的自我を超えられるか

全日本後の大活躍

 全日本ベスト16で終わった福原だったが、その後の活躍がめざましい。
 まず、全日本が終了した3週間後の2月10日に開催されたジャパンカップ12では、決勝で全日本で優勝したばかりの平野早矢香に先にマッチポイントを奪った。惜しくも敗れて2位になったものの、福原の試合内容は全日本とはくらべものにならないくらいにアグレッシブでよかった。
 また、2月14日にドーハで開催されたカタールオープンでは、なんと世界ランク4位の郭躍(CHN)を4-1で撃破している。次の準々決勝では、世界ランク2位の王楠(CHN)に1-4で一蹴されたが、郭躍を破ったのは特筆されていいだろう。
 この二つの大会での活躍を見れば、福原は日本女子のなかで世界を相手にたたかう選手として、その潜在的力量はまちがいなくナンバーワンである。
 この活躍の要因は二つあると思う。
 一つは「全日本」という重石がないところでのメンタル面、もう一つは福原愛のお父さん武彦氏が述べているように、全日本直後「愛をぶっ壊す」ということで、これまでの愛ちゃんの技術をゼロから見直したことによるテクニカル面である。

むかし神童、いま……

 メンタルでは、「勝たなければ」という勝負にこだわらず、「自分の卓球を思いきってやる」という意識が大きいことがよくわかったはずだ。
 つくづく人間というものは「意識」の持ち方で大きく変わるということを、福原は全日本とその後の2大会でのたたかいぶりで如実に示してくれた。
 さて、そんな福原も高校を卒業し、4月からは早稲田の大学生になる。前回述べたように、福原の卓球人生を決定づけるのはこれからの2年間にある。なぜなら、卓球にかぎらず日本の有望アスリートの、ほぼ誰もがぶつかる「日本人的自我の問題点」の時期に触れるとしごろとなるからである。
 見たように福原は高校生で世界ランク4位の郭躍に勝ち、同じく高校生の水谷隼は全日本優勝のみならず、以前から世界の強豪を何人も倒し、さらに中学生では石川佳純(全日本ベスト4)や松平健太(世界ジュニア優勝)など、日本ジュニアのレベルは世界のトップにある。
 このような日本ジュニアの世界的なレベルは、現在に始まったことではなく、もう何年も前からのことであり、日本のジュニアクラスは、常に世界のトップにあるという傾向がつづいている。
 高校でこんなに強いのだから、これから大学・社会人となると、きっとシニアでも活躍してくれるだろうと期待をもった選手はこれまで何人もいた。ところが、そんな将来を嘱望された選手が、高校を卒業して1年2年とたつと、世界での活躍どころか、国内でも下の年齢に敗けるという事態におちいる。この傾向は、もはや一つのパターンとして定着さえしてしまっている。「むかし神童、いまただの人」を地でいく選手たちを、これまでいったい何人見てきたことだろうか。

「やらされる」と「やる」

 なぜ、かくも多くの日本のジュニアはこうなってしまうのか?
 それは日本人的自我の問題にある。
 結論から言おう。中高のジュニア時代、日本の選手たちは練習を「やらされ」、それ以降の大学や社会人では練習をみずから「やる」ことが必要だからだ。「やらされる練習」と、「みずからやる練習」のちがいは、「自我」の成長と軌を一にする。
 ジュニア時代に有望だった選手は、もちろん卓球を好きでやっていたのだろう。なかには、親や学校、監督、コーチ、卓球関係者など、周囲の期待にこたえるために、それほど好きではないけれど、やっていた選手もいるかもしれない。
 いずれにしても、小・中・高と練習を監督やコーチなど、おとなの指導者から「与えられ」、それを忠実にこなすことで強くなっていく。その間、自我の成長にともなって趣味や恋愛などにも興味がわくのだが、それは指導者や学校から抑制や禁止される。
 自分で考え、自分で行動するという自我のめばえがあるのだが、聞き分けのよい「いい子」ほど、そのめばえを抑えつけて練習に励むのである。
 これはなにも卓球選手だけのことではない。日本のおおよそすべての子どもたちにいえる問題である。「高校では、それはガマンしなさい。大学に行けばいくらでも遊んでいいのだから」という、親や教師の口車にのせられて、「いい子」ほどこの呪いの言葉を信じて受験勉強に励むのだ。
 だが、抑えつけられたものは、いつかそれは反動となって噴出する。
 大学や社会人となった有望な選手たちは、一気に親、監督、コーチ、学校などの呪縛から解き放たれる。もちろん、大学や社会人の卓球部においても練習をやらされる部分はあるだろうが、それはこれまでのジュニア時代のやらされてきた比ではない。

吉田海偉を一つの例として

 それは端的に練習時間としてもあらわれる。
日本のジュニア男子を牽引する青森山田中学・高校の練習時間は7時間と聞く。おそらく、日本の中高卓球部でも断トツの練習量だろう。名将吉田監督の指導力と、その練習量の豊富さが、青森山田王国を築いていることはまちがいない。
 青森山田出身の出世頭といえばやはり吉田海偉だろう。私は1年半ほど前、吉田選手に直接、練習時間をたずねたことがある。その彼の返答に私は驚きを禁じ得なかった。それは長時間ではなく、あまりにも短時間だったからである。
 「2時間くらい」
 そう彼はこたえたのである。彼は、青森山田に在校していたときは、7時間の猛訓練をしていたはずだ。それが社会人になると2時間に激減したのだ。
 この練習時間に私は憂いをおぼえたが、その後、彼は全日本で優勝して2連覇をなしとげ、前年度の全日本では2位に入って「活躍」していた。
 ところが、青森山田の同門対決となった全日本決勝(対水谷凖戦)で、吉田安夫監督は「吉田(海偉)には勝たせたくない」旨の言葉を述べている。なぜなら、あきらかに練習量が足りなく、精進がみられないからだという。そして、その後に発表された世界選手権ザグレブ大会(個人戦)の代表(別掲)から漏れたのだ。
 今年1月の前年度の全日本での吉田のたたかいぶりは、あきらかに練習量不足が露呈していた。少しでも卓球がわかる人がみれば、そう見たであろう。決勝戦まで勝ち進んだのは、これまでの練習時間の「遺産」である。
 吉田選手が世界代表から外れたのは、この練習量と無縁ではあるまい。
 私は吉田を非難するためにこれを書いたわけではない。日本の有望な若手選手の典型的な例を述べただけだ。高校時代の7時間から大学・社会人で2時間というのは、なにも吉田だけにかぎった話しではないだろう。
 ちなみに、かつて日本が卓球王国だったころ、その世界チャンピオンたち(荻村伊智朗、木村興治、長谷川信彦、伊藤繁雄、河野満)は、誰もが大学以降に飛躍的に強くなっている。
 この卓球成長期の逆転現象はいったいになにが原因なのか、日本のジュニアやシニアの各年齢層の指導者はよく考えてみる必要があるだろう。
 さて、愛ちゃんである。彼女も、これからは「日本人的自我」が試される季節に大学入学と同時に突入する。
 私は自我のめばえを抑えつけて、これまでのように練習に励むように忠告しようとしているのではない。逆である。自我のめばえをしっかり感じ取って、それを伸ばしつつ卓球に打ち込めばいいと思う。
 これからは自分で練習内容を考え、練習時間を確保し、指導者を選び、練習相手を求めることが必要となるだろう。また、自分で授業を選択するのはもちろん、自分で趣味や恋愛、おしゃれなどを楽しむといいだろう。これらを抑圧しないほうが、むしろ卓球へのモチベーションをうしなわず、持続することにつながるのではないだろうか。
 福原は早稲田を選択したということで、以上の点についての理解があると推測する。そして、このことを真に理解すれば、「むかし神童、いま……」は払拭されるだろう。
 愛ちゃんは、これまでのパターンを破って、大学で飛躍的に成長する、と確信をもって想像している。

※今回述べる予定だった「福原愛の技術的問題点」は次回に掲載いたします。

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(秋場龍一)

世界選手権ザグレブ大会代表
●男子
  水谷 隼 (青森山田高)
  松下浩二 (グランプリ)
  韓 陽 (東京アート)
  岸川聖也 (スヴェンソン)
  松平健太 (青森山田中)
  高木和卓 (青森山田高)
●女子
  福原 愛 (グランプリ)
  平野早矢香 (ミキハウス)
  樋浦令子 (ミキハウス)
  福岡春菜 (中国電力)
  藤井寛子 (日本生命)
  藤沼亜衣 (ミキハウス)
  石川佳純 (ミキハウスJSC)

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