呼吸を意識しよう

息を吸いながら強打すると……

 人は一生に、おおよそ6〜7億回呼吸するという。私たちは、ふだん呼吸していることをほとんど忘れている。しかし、呼吸がほんの10分間停止しただけで、死亡率は50パーセントを越える。もっとも、自分がいちいち呼吸してるかどうか注意を向けていたら、まっとうに生活をやってられないけれど……。
 だが、アスリートにとって呼吸ほど大切なものはない。スポーツは肉体だけではなく、精神のたたかいでもある。その精神とは集中力であり、スポーツは集中力の競い合いだといってもいいだろう。その集中力に欠かせないのが「呼吸」である。
 その集中力と呼吸の関係にいくまえに、もっと単純に呼吸がスポーツに影響する例を挙げておこう。やはり、ここは卓球でいこう。こんど練習で、フォアハンド強打を打つとき、インパクトの瞬間に息を吸いながら打ち、次に同じくインパクトの瞬間に息を吐きながら打って試してもらいたい。さて、どちらが打ちやすく、打ちにくかっただろう。試すまえに結果を発表して申し訳ないが、吸いながらは打ちにくく、吐きながらは打ちやすい。吸いながらは強打なのに力が入らず、吐きながらは力が入った強打が打てる。
 私たちには、ふだんの練習では、呼吸のことをほとんど意識しないが、息を吐く、吸うことを意識するだけで、これだけ打撃に影響をあたえるのだ。そして、ふだんの練習では、この呼吸はほとんどの人がうまくいっているものだが、試合になると緊張して、呼吸がふだんとは変わってしまい、極端な場合、いま見たように、たとえば強打するときに、息を吸ってしまうことになる。 

呼吸と脳神経

 試合では、ほとんどの人が緊張するだろう。緊張すると、トイレが近くなったり、お腹が痛くなったり、心臓がどきどきしたり、手に汗をかいたり、そわそわと落ち着かなくなったりするが、こんなときはほぼ例外なく浅い呼吸をしている。よくテレビのスポーツ中継で、解説者が「肩で息をしていますね」という言葉を聞くが、これは緊張していることを表現しているのだ。浅い呼吸とは、肩や胸で息をしている状態である。
 緊張するからふだんのプレーができないと単純な図式をえがくが、緊張すると、呼吸がふだんとは変わってしまうから、ふだんのプレーができないのだ。もちろん、緊張すると、呼吸だけが変わるわけではないのだが、呼吸がプレーに及ぼす影響は、かなり大きなウエイトを占める。
 逆にいうと、呼吸が浅くなると緊張やストレスが増すともいえる。浅い呼吸は、体内への酸素供給量が不足する。とくに脳神経細胞は、筋肉細胞の約20倍もの酸素を必要とするので、浅い呼吸は脳神経にダメージをあたえる。
 また、緊張という精神状態は、交感神経が過剰になった、自律神経が乱れているという状態といってもいい。そして、この自律神経に、もっとも密接な関係にあるのが呼吸である。呼吸が浅いと自律神経が乱れるのだ。緊張を解き、リラックスするには、ゆっくり深い呼吸をして、副交感神経をはたらかせればいい。
 では、試合など緊張する場面では、どうすれば平常心で、いつものプレーができるのだろうか? もう、賢明な読者はお気づきだろう。そう、ふだんから、呼吸を意識して、呼吸をコントロールすればいいのである。いままで、まったく意識しなかった、息を吸ったり吐いたりすることをふだんの練習に意識して取り入れてみることである。

                    (秋場龍一)