おさなごが無心で虫の動きを追うように

一流プレーヤーと眼球

 前回述べたように、集中するためには、「静かな気持ちでボールを眼球で観察する」とよい。そのメソッドとして、たとえばフォアハンド・ロングなどのラリーの練習中、1打毎に、飛んでくるボールを眼球の動きでとらえるようにする。かなり意識的に眼球、つまり目玉の動きで、ボールをしっかりとらえるように視線をコントロールするのである。
 そのコツは、「見る」というより、「観る」という感じだ。ボールを凝視するように、「強く見る」のではなく、「静かに観る」のである。たとえば、小さな子どもが、地面を這っているアリを興味深く観ているように……。おさなごのように、無心で虫の動きを追うのである。
 不思議なことだが、たったこれだけで、しぜんにプレーに深く集中する。でも、注意しないと、油断するのか、忘れるのか、眼球でボールを観ることを怠ってしまう。こんなに簡単に集中できるのに、いつものように漠然とボールを見てしまう。
 実はこのボールの見方で、ほんのひとにぎりの一流プレーヤーと、その他の凡百プレーヤーとに、はっきりと分けることができる。現役を引退した世界や日本のチャンピオン
が講習会などで、そのプレーを観るとき、その人の眼の動きに注目してもらいたい。笑顔でリラックスしてプレーしているようでも、その眼球の動きはボールをしっかり観ている。顔つきだけをみると、集中などしていないようなのだが、実はしっかりと眼球でボールをとらえることで、深い集中をしているのだ。
 集中するためには、ボールを眼球でとらえることが必要である、ということを、一流プレーヤーほどよく知っている。たとえ現役を退いて何年もたっても、現役時代に訓練したことが、からだに刻みつけられている。ボールを眼球でとらえることで、凡ミスが激減し、ボールの不規則な変化にも対応でき、そして何より集中できることをからだというか、目玉が、何年たっても記憶しているのだ。ほんとうに訓練を積むというのは、そういうことである。逆にいうと、であるから、日本チャンピオンや世界チャンピオンになることができたのだ。また、中学生で、成長する子とそうでない子の差は、この集中力の差といってもいいぐらいだ。


「思わない」ことほどむずかしいことはない

 では、なぜ、ボールを眼球でとらえることを、私たちはすぐに怠ってしまうのだろうか? 実は、こんなに簡単なことが、この世でもっともむずかしいことなのだ。これをほんとうに完璧にやり通すことができれば、もしかしたら悟りの境地にいたるのかもしれないのだから。
 眼を閉じて、意識はただ自分の呼吸に向けて、考えや思いが浮かんできたら、すぐに意識を呼吸にもどすという修行法がある。いま、これを読んでいるあなたも、1分間だけ眼を閉じて、意識を呼吸にだけ向けるようにしていただきたい。
 ……さて、どうだっただろうか? 意識を呼吸に向けようとしても、すぐに何かしら、頭にさまざまなことが浮かんできたのではないだろうか。こんなに簡単なことが、1分もつづけることが大変むずかしい。このように、私たちが「何も考えず」に、いわゆる無念無想でありつづけることがいかに困難であるか理解されただろう。
 そう、前述したように、私たちの自我はおしゃべりでしょうがないのである。たえず、何かを思い浮かべられずにはいられない。何かを思い浮かべることで、この現実の「いま、ここ」から逃れたくてしょうがないのだ。人間の悲しいサガといえば、そうなのだが。
 しかし、これをそうできるようにするのが、「練習」であり、「訓練」や「稽古」というものである。これから、練習のときには、いつも、「眼球でボールをとらえる」ということを肝に銘じていただきたい。おそらく「眼球でボールをとらえる」をすぐに忘れたり、怠ってしまうだろうから、そのときはまた、「眼球でボールをとらえる」ことを思いだしながら、繰り返し繰り返しつづけてみよう。

「イチ、ニ、サン」練習法

 次に紹介する集中力をつけるための練習法は、とくに中学生にいいだろう。最近の子どもたちの多くは、なかなか集中して練習をつづけられない。中学生やその指導者には、次のような練習法をお薦めする。
 ラリーの練習で、相手が打った瞬間に「1」と数え、打ったボールが自陣のテーブルに当たった瞬間「2」と数え、そして自分が打つ瞬間「3」と数える。これを声をだして、「イチ、ニ、サン」でも「ワン、ツー、スリー」でもいいから、大きな声で数えるのである。
 これも、とっても簡単な練習法なのだが、つづけるのは意外と苦しいのだ。この練習をつづけるコツは、声にだして数えるのをやめたほうが負けとして、ゲーム感覚でやるといいだろう。モチベーションがあがって、苦しい練習が楽しくできる。
 この練習をやると、何とあいまいに、いいかげんに、ボールを打っていたかを知るだろう。ラリーがある程度できるようになると、私たちは、慣れというか、勘というか、惰性というか、ボヤッとしてというか、ともかく漠然と打つようになってしまいがちなのだ。
 ボールを打つという行為を意識的にすることで、必然的に集中力は高まるのである。ラリー練習のはじめに、3分間でいいから、この「イチ、ニ、サン」と声をだして数えることをやってみてもらいたい。この訓練が、練習の質を高めるだけでなく、試合の緊張した場面で、かならず役に立つのだから。

                    (秋場龍一)