日本男子の課題はフィジカルの強化
秋場 まず、ことし1月の全日本選手権の結果についてどのような感想をお持ちですか?
木村 今回の全日本のきわめつけは、男子で水谷隼(青森山田高校)が17歳、高校2年生で優勝したことでしょう。ドイツでの訓練の成果を出してくれたということで、そのドイツでの訓練をバックアップしている協会の役員としても大変に嬉しい優勝でした。 また、女子では中学2年生の石川佳純(ミキハウスJSC)がベスト4に入ったことです。石川は強豪の樋浦令子(ミキハウス)を破り、準決勝では国際舞台を何度も踏んでいる日本のトップクラスの藤井寛子(日本生命)にゲームポイント3−4と、勝利に手が届きそうになるほど肉薄しました。
今回の全日本で明らかになったことは、練習をやりこんだ日本の若手選手の活躍によって、日本のトップクラスはキャリアを超えた時代に突入したということですね。もはや、年齢は関係ないということです。そういうことをはっきりと見せつけた今回の全日本でした。横浜での世界選手権(2009年)を含めた将来の展望が非常によくなったと思います。
これから日本の若手選手たちが、一段、二段、三段とステップアップし、世界のスタンダードなプレーができるために必要なのは筋肉の強化でしょう。
秋場 日本の選手の課題は、フィジカルですか?
木村 とくに男子です。自分からパワフルなボールを打てることはもちろん、外国人選手のパワーボールに対しても怖れずに攻め込め、逆襲できるものを持っていないとだめでしょうね。
そういう部分では、もちろん大きな課題はあるわけです。しかし、課題というものはあったほうがいい。課題は成長のチャンスだから。
吉田が世界代表からなぜ外れたのか
秋場 その全日本の結果もふまえて、ザグレブの世界選手権の代表が発表されました(下記に代表メンバーとエントリー種目を掲載)。そのなかでサプライズは、やはり全日本準優勝の吉田海偉(日産自動車)が外れたことでしょう。
木村 吉田がなぜ外れたのかというのは、ここ1年間の国際大会での実績を見て、外国の強豪選手に一人も勝っていないことです。ブレーメンの2006世界選手権(団体戦)でも、体調をこわして活躍できなかったこと。その後、プロツアーでも、世界ランクの上位選手には一回も勝っていない。ですから、吉田は国際競争力が停滞したということがいえます。
一度、吉田君は自分の卓球のすべてを見直す機会にしてはいいのではないか、ということで、彼をいわば思いきって外したんです。
秋場 吉田選手にかぎらず、日本の社会人プレーヤーの練習環境に問題がありませんか?
木村 それは、いろいろあるんですが、私としては立ち入りたくない。今後、変わっていくと思いますが。それは、所属チームのなかで解決すべき問題なんです。
秋場 吉田選手に関していえば、ほとんどプロのようなものですね。
木村 はい、そうです。
秋場 プロですね。会社の仕事はしていないですから。吉田本人が解決すべき問題でもありますね。
木村 そのとおり。たとえば、中国に練習の場を求めるのも、彼なら容易でしょうし。会社、監督と話しあいをして。ただ、来年になるとナショナルトレーニングセンターができますので、日本卓球協会としても練習環境は整います。
まあ、吉田選手に関しては今回、世界代表を外れたことを、良い機会としてもらいたいのです。彼の秘めている力は私たちも大いに認めるところですから、必ずやまた復活してくると見ています。
秋場 彼の潜在能力はこんなものではないですね。
木村 そうです、そのとおり。
秋場 あと、女子では石川佳純が代表に選ばれたのですが。
木村 とうぜん、現時点での実力からみても、石川が入ってもおかしくないと。それにプラス、彼女が持つ潜在能力は世界選手権を経験させることによって、これから国際舞台での活躍に向けて、また2009年世界選手権(横浜大会)に向けて、大きな飛躍を期待したからです。
秋場 石川のマスコミ人気はすごいですね。愛ちゃんと佳純ちゃんの二枚看板ができました。
木村 わが卓球選手がマスコミに露出するというのは大変嬉しいことです。これは、卓球に対する関心度も高まるし、卓球愛好者にとっても、卓球のニュースを多く見られることはいいことだなとありがたく受け止めています。
そういうこともありますが、やはりアスリートというのは、メダルを獲得して評価されるのがいちばんですから。プレーヤーはなんとしてもメダルを獲得する、しかもいちばん輝かしいメダルを獲得するという方向でやっていくことが大事です。その実績を引っさげて、メディアの露出度が高まるというようにしてもらいたいと思います。
秋場 世界選手権のテレビ中継が今回もありますが、できれば男子も放送してほしいですね。
木村 近い将来、かならずや、やってくれると思います。いまは我慢の時代です。というのは、ドイツのボルにしても、世界選手権に出場したのは、17か18歳のとき。まだ、彼は世界選手権のシングルスでメダルを獲ってないんですよ。ダブルスで2位になったぐらいで。もちろんプロツアーとかワールドカップとかで活躍している。それでも、世界で活躍しはじめたのは22か23歳のころです。いま彼は27か28歳ですから。
現在、男子の選手が国際舞台で活躍できるようになるには、フィジカル、経験、幅広い技術力があってはじめて可能になります。日本男子の水谷、岸川聖也(スヴェンソン)、高木和卓(東京アート)、松平健太(青森山田高校)は、まだまだ時間がかかります。ですから、いまはぐっとがまんです。日本男子はいまはそういう時代です。
フィジカルトレーニングは
砂粒を毎日パラパラと落とすようなもの
秋場 日本の中高の指導者は、つい目の前の勝利を得たいがために、フィジカルトレーニングをおろそかにしがちです。
木村 卓球が本当に上達するには、筋トレとランニングが欠かせません。長距離、短距離ランニング、サーキットトレーニングを継続的にやらなくてはいけない。フィジカルトレーニングというのは、砂粒を毎日パラパラと落とすようなものです。毎日の単位では、体力の成長は見えないんです。でも毎日、砂粒を落としていくと、知らないあいだに砂の平原が高く、広くなっていきます。試合の前にフィジカルトレーニングをやっても、そんなものはまさに砂上の楼閣ですぐに崩れてしまう。裾野のしっかりしたものをつくりあげていくのがフィジカルトレーニングで、日々の積み重ねがやがて大きな成果となるのです。
技術というのは、「あ、これは会得したな」ということがありますが、体力というのはそれはない。そういう目に見えない、裾野をひろげることというのは、毎日地道に継続的にやっていかなきゃだめなんです。
秋場 そのことは、ご自身の現役時代のご経験からも裏づけがあるわけですね。
木村 はい。たとえば足腰がしっかりしていれば、飛びついたときの踏ん張りがぜんぜん違うんです。そして打ったあと、すぐに基本姿勢に戻れる。そういうことが、実感したからこそ、現役時代にかなりフィジカルトレーニングをやりました。また、踏ん張るときには腹筋も必要ですから、腹筋を鍛えるトレーニングも猛烈にやりました。やはり、ランニングというのは、絶対にいいです。選手はかならずやってもらいたい。
いまは科学的トレーニングをやるのは重要だと思いますし、選手もそういうことを十分に理解したうえで実行することが大切です。
我々の現役時代とくらべて、世界選手権での試合数は激減しています。我々のときは、技術力もさることながら、体力というか持久力がなければ世界を相手に戦うことは不可能でした。そういうことからも、最近の選手は体力の必要性をあまり感じていないかもしれません。ところがね、やっぱり、強い選手に勝って、また次の対戦で強い選手に勝つためには、体力の自信が技術を活かすわけです
日本男子代表に期待するもの
秋場 これまで、世界選手権に向けて、どういった強化法をとってこられたのですか?
木村 協会の強化本部が、世界基準というか、どういうプレーでなければ、メダルを獲れないのかということに照準を合わせて、日本の個々の選手について緻密に分析してます。日本の代表選手に、こういうところを鍛えていかなければ、世界のスタンダードになれないということを伝えています。
そかれから、専門家の分析も含めて、外国の強豪選手も映像やミーティングで多角的に分析しています。たとえば、スポーツ医科学委員会の大学の先生たちが、ビデオを分析したリポートを選手に渡しています。またフィジカルトレーニングについても、個々のプレーヤーに適したトレーニング法を専門の先生から伝えます。
秋場 今回の世界選手権は個人戦ですが、もっとも期待している選手は誰ですか?
木村 韓陽(東京アート)が世界選手権初出場なんですよ。ここ二回のプロツアー(チリ、ブラジル)で優勝して、世界ランク60台から26位に上がったんです。日本男子で世界ランクの20台に入ったのは、以前に松下浩二(グランプリ)が入ったことがありますが、それ以来のことです。ですから、韓陽は国際競争力を高めてきています。チリとブラジルの大会は、中国の選手は不参加だったのですが、それでも国際マッチで優勝するということは、高い技術力がなければ不可能です。今度の世界選手権では、中国やヨーロッパの強豪に、どれだけ戦えるのか見せつけてもらいたいと思います。
それから韓陽と松下を除くと、水谷、岸川聖也(スヴェンソン)、高木和卓(東京アート)、松平健太(青森山田高校)の平均年齢は17.5歳なんです。さきほど、ボルの話をしましたが、日本の選手たちは年齢から考えると、まだまだ成長過程なんです。このような若手選手が世界でメダルを獲れるのではという期待が一般にもあります。私も期待はしますが、そう簡単ではないと思ってます。
世界で戦うときは、ラリー戦で打ち負けない足腰の強さが欠かせません。だから、ラリーで負けるんです。それから、相手のスピン力、スピード力のあるパワーボールに負けないで、前で守りではなくてカウンター攻撃ができることも必要です。
世界ランク30位以上の高ランクの選手を一人以上破ってもらいたい。
秋場 とくに水谷は大物食いで、これまで世界のトッププレーヤーも破っています。
木村 確かに水谷にはそういう実績はありますが、一回そういう強豪に勝つと、次の対戦で体力が消耗しています。ですから、体力面でくずれないようにしてもらいたい。
水谷だけにかぎらず高木和もサービスはとってもいいですから、サービスからの三球目攻撃の一発の強さを示せれば、高ランクの対戦相手に勝つことは十分にあり得ます。
秋場 ドイツ修行組はドイツ仕込みといいますか、サービス力がありますね。
木村 彼らは、サービスとレシーブがいいんです。全日本の吉田と水谷の決勝でも、水谷はレシーブがよくて、吉田に三球目攻撃をさせなかったからね。ドイツ組は台上のボールの処理がとってもいいんです。ヨーロッパでいろんな対戦相手と試合経験を積んでますから。ヨーロッパのパワフルな連中に打ち込まれないレシーブ、それからサービスがよくないとヨーロッパでは戦えません。ヨーロッパの選手はリーチがあって台上処理が上手ですから、3球目でなかなか打ち込めない。だから、三球目攻撃するには、サービスを向上させることが必要となるのです。
秋場 中国やヨーロッパのトッププレーヤーはラリーで、いわゆる「つなぎ」のボールがないように見えます。
木村 日本のプレーヤーようなつなぎはありません。しかし、まあ、つなぎはあるんです。比較的ゆるいボールでつないでも、ちゃんとコースをついて低いボールで返球して、その次のボールを攻撃に結びつけます。
日本女子代表に期待するもの
秋場 女子のほうは、いかがですか?
木村 女子は、一発の強さがありません。対カットマン戦でも、前中陣でのラリーでも、バックハンドでもフォアハンドでも、一発のパワーで打ち抜くポイントが少ない。いま平野早矢香(ミキハウス)なんか、そういうパワーができたら世界上位の選手と互角に戦えるでしょう。彼女は世界ランク17位だし、全日本を3回獲っているし、平野の現時点での力というのは、世界で十分に通用するだろうと期待してます。
もちろん、中国女子は大きな壁ですけど、それ以外の外国の選手には絶対に勝つこと、中国にも攻撃力でどれだけ打ち抜けるかということです。それは福原や樋浦についてもいえることです。福岡にしても、ナックル性のショートでつぶしていっても、フォアの攻撃力が安定していなくては、相手は怖くないないですから。ああいう福岡のような止めるボールに対する戦術は、世界トップクラスはみんな対策を練って上手くさばいてきます。福岡は上手くさばいてきたのをフォアでもって攻め込めるかどうかですね。
それから、女子総体としていえることは、男子と同様に、カウンターで打てるかどうかですね。
福原愛の課題とは
秋場 福原は今回の全日本でベスト16だったのですが、彼女の課題についてはいかがでしょうか?
木村 福原のアスリートとしてのフィジカルはまだまだ不十分です。世界トップの卓球選手としての体力、とりわけ足腰の俊敏な左右の動きがまだ不足していますね。それから、筋肉がまだ十分にできあがっていない。本人は十分にわかっていると思いますよ。
秋場 技術的にはいかがですか?
木村 技術的にはカット打ちでしょ。対カットマンの戦術がまだしっかりしていない。どういうボールをカットマンに送ったら有効なのか。深いボールや浅いボールのゆさぶり、これは攻めきれないというときには、促進ルールまで持っていくというような、幅広い戦術が必要です。そういう戦術を活かすためには、どういう技術をもたなければならないのかということも考えなくてはならないわけです。その対カットについて、福原はいま、いろいろ試行錯誤してやっていると思います。
秋場 福原はこの早稲田に入学して、木村さんの後輩になったわけですけど。
木村 早稲田の後輩というよりも、やはり福原は世界でね、ここ数年のあいだにメダルを獲ってもらいたい。
秋場 その能力は福原には十分にあると。
木村 あります、あります。彼女はおさないころから、卓球、卓球でやってきましたから、大学でやることで、他の学生との接触もあるので、そういうことが卓球にも良い影響を与えるだろうと思います。勉強する時間を確保するのは大変だろうと思いますが、仲間と触れ合う、それで少女から青年に変わっていく過程で、社会のいろいろな経験を得ることが、卓球のプラスになると思ってます。練習しながら、訓練しながらですけれど、自分の卓球をどうやって見つけていくのかが大切になってくるでしょう。
連続であるけれど、非連続な時期といいますか。連続してずっときて、ある種、もうこれは変えなきゃいけない、という非連続というところにきている。新しい連続が始まるスタートとして、いろいろと考える年にしてもらいたいと思います。
高校生から大学生になったとき、ふだんからプレッシャーのかかった状況をいかにつくりだすかなんです。試合のプレッシャーのかかった状況を練習のなかにつくりだしていかなきゃならない。
試合の現場では、考えて考えてプレーできるわけではない。意識と無意識があって、試合の前にはこうやって攻めていこうとか考えることができるけど、いざ試合が始まって、サービスを出すときはこんなサービスを出そうと意識しますが、実際のラリーになったら無意識で体が反応しなくてはいけない。その無意識のときに体が動き、プレッシャーに耐えて、自分のプレーができるようにしなくてはならない。そういう点をふだんからつくりだすことが必要です。そうやって、心のたくましさを身に着けてもらいたい。
福原の場合は、メディアへのサービスもしなくてはいけないし、そういうことと、いざ練習場においては鬼になってもらいたい。彼女は、それをやれる能力をもっていますから。
※インタビューはさらに続きます。次回は2009年横浜世界選手権のことや、木村さんが現役時代から愛用されているペンホルダーラケットの写真を紹介します。
2007年世界卓球選手権ザグレブ大会【個人戦】日本代表メンバー
韓 陽(東京アート)wr26位【1978.10.19生】28歳
松下 浩二(グランプリ)wr47位【1967.8.28生】39歳
高木和 卓(東京アート)wr86位【1988.9.29生】18歳
岸川 聖也(スヴェンソン)wr88位【1987.5.21生】大会時20歳
水谷 隼(青森山田高校)wr94位【1989.6.9生】17歳
松平 健太(青森山田高校)wr131位【1991.4.11生】16歳
福原 愛(ANA)wr11位【1988.11.1生】18歳
平野早矢香(ミキハウス)wr17位【1985.3.24生】22歳
福岡 春菜(中国電力)wr23位【1984.1.25生】23歳
樋浦 令子(ミキハウス)wr49位【1984.3.27生】23歳
藤井 寛子(日本生命)wr54位【1982.10.18生】24歳
藤沼 亜衣(ミキハウス)wr62位【1982.9.16生】23歳
石川 佳純(ミキハウスJSC)wr158位【1993.2.23生】14歳
●エントリー種目
【男子シングルス】 松下浩二、韓陽、岸川聖也、水谷隼、松平健太
【女子シングルス】 福原愛、平野早矢香、福岡春菜、樋浦令子、藤井寛子
【男子ダブルス】 水谷隼/岸川聖也、高木和 卓/松平健太
【女子ダブルス】 福原愛/藤沼亜衣、平野早矢香/石川佳純
【混合ダブルス】 水谷隼/福岡春菜、岸川聖也/福原愛、韓陽/藤沼亜衣、高木和 卓/平野早矢香、松平健太/石川佳純
(秋場龍一)
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