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「逆」に人はもろい

 「逆をつかれる」あるいは「裏をとられる」と、人の対応能力は極端に落ちる。これは戦争からゲームまで、人と人とが競うときの作戦面においてキーポイントである。奇襲作戦、陽動作戦というやつだ。世界一の圧倒的な軍事力を誇るアメリカでさえ、戦争を仕掛けるとき、この作戦をつかう。近いところでは、湾岸戦争しかり、イラク戦争しかりだ。
 なぜこんな作戦をつかうのかといえば、もちろん正攻法よりも戦闘効果が高いからだ。
 スポーツも「逆をつく」「裏をとる」が、試合の主導権を握ることに大きくつながる。このことは、ありとあらゆるスポーツに通じる。テレビでよく放送される、サッカー、野球、バレーボール、バスケットなど、素人である私が観ていても、そのことがよく分かる。あるいは、相手に逆をつかれないよう、裏をとられないようにと、そちらに神経を集中させてしまって、真正面からズバッとやられてしまうことがある。これは、「裏の裏をつかれた」のである。つまり、これも裏をとる戦術があるからこそ、その裏である正攻法が効いたのだ。

ガンバ遠藤のPKはなぜ有効なのか

 
一例だが、「逆をつく」「裏をとる」ことが、いかに有効なのかを端的に見せてくれるアスリートを挙げておこう。
 サッカー日本代表のMF遠藤保仁(ガンバ大阪)のPKは独特だ。彼は他の選手のように、両サイドめがけて、思いっ切り蹴ったりしない。ほんとに、ちょこんと軽く蹶って、コロコロとまるで相手GKを嗤うようにボールは転がって、がら空きのサイドに決まってしまう。GKは、遠藤の蹴ったボールをへたりこんだまま、ただ悔しそうに見送るしかない。
 遠藤は相手GKが左右どちらかに動くのを見てから、その動く方向とは逆に打つだけだ。それだけで、GKの腰はくだけて、その小学生レベルしかない程度のボールに、まさに手も足も出せない。
 相手GKも、その国の代表である。サッカーボールを止める専門家であり、その能力は抜きんでていることはまちがいあるまい。だが、遠藤のへなちょこキックには、どうしようもない。なぜ、こんなことになってしまうのか。それは「逆をつかれた」からにすぎない。ただ、逆をつかれただけで、こんなにも人は脆弱になるのだ。
 そのことを遠藤という選手はよく知っている。だからこそ、彼はJリーグで03、04、05、06、07と、5年連続でベストイレブンに選ばれ、日本のA代表として活躍しているのだ。

ドライブはフェイントを入れやすい

 
さて、卓球である。あなたは、こんな経験はないだろうか?
 相手サービスを下回転と読んでツッツキでレシーブしたら、なんとそのサービスはナックルで高く浮いてしまった。相手はもちろん、待ってましたとばかりに打ち込もうという体勢に入った。こちらはブロックしようと待ちかまえるのだが、これがフォアサイドにくるのか、バックサイドにくるのか、まったく予測がつかない。結局ノータッチで抜かれてしまった、ということが……。
 自分の打ったボールが高く浮いた場合、相手の強打やドライブを前陣でブロックするとき、相手の打ってくるコースが読みづらいものだ。なぜなら、相手は高いボールで十分に体勢をつくる時間があるので、どのコースにも打ち分ける余裕があるためだ。ブロックするほうとしては、フォア、バック、ミドルと、台の全面をカバーすることに注意を向けなければならず、こういう場合はほとんどブロックが不可能になってしまう。
 このことは技術レベルを超えている。小学生高学年から世界トップまで、ほとんど変わりないだろう。たとえば、小学生高学年の選手がバックに強打を打つと決めておいて、それを世界のトップ選手がブロックすると、ほとんどリターンするだろう。しかし、どこに打つか決めないで打たれると、いくら世界のトップといえども前陣でブロックすることになると、たとえ小学生の強打でもかなり難しいことになる。
 また、すこしキャリアを積めば、あらかじめ決まったコースなら、少々の強打やドライブをブロックすることは、そんなに難しいことではない。ところが、全面、どこに打たれるか分からないと、途端にブロックできなくなってしまう。
 これは何を言いたいかといえば、人は技術レベルを超えて、「どこに打たれるか分からない」、さらには「逆をつかれる」「裏をかかれる」ということにたいしては、かなり弱いということを確認したかったわけである。
 高いボールを打つとき、しぜんに逆モーションのような効果があることがわかった。ならば、こんなに有効な逆モーションを意識的につかえば、高いボールではなくても、高いボールを打つときと同じようなフェイント効果があって、ぐんと得点率がアップするのではないだろうか。

水谷のドライブは
ほぼ100%フェイントが入ってる

 
原則的にはどんな打法でも逆モーションはできるだろう。打つ方向とは逆の方向に一瞬、ラケット面、身体の向き、肩の向きを入れるとフェイントが入って逆モーションとなる。だが、逆モーションがやりやすい打法というものがある。その一番がドライブであり、次がフォアハンドフリックだろう。とくに、ドライブは逆モーションが入れやすいので、やらないと損といってもいいくらいだ。
 全日本の決勝で水谷と吉田が2年連続で対戦したが、水谷のバックサイドからのフォアハンドドライブに対して、吉田は中陣で待ちかまえていても、ノータッチで抜かれたり、リターンできても腰くだけ状態になることが多かった。水谷のドライブの威力は、吉田のパワードライブと比較すると、せいぜい70〜80%程度にもかかわらずにだ。
 これは水谷のドライブが、どこにくるか予測しづらいからである。高く浮いたボールでなく、低めのツッツキ性のボールをドライブすると、それをリターンする場合、ドライブする前にどこに打つか、ほとんどしぜんに対応できるものだ。だが、水谷のドライブは、そういう低いツッツキ性のボールであっても、どこにくるか判断しにくい。だから中陣に下がって、距離(時間)的に余裕があるはずなのに、しかも吉田のようなフットワークのいいプレーヤーでも抜かれてしまうのだ。
 なぜ、水谷のドライブがどこにくるか分かりづらいのかといえば、サウスポーの水谷はドライブをかけるとき、右肩が一瞬、身体の内に入るからだ。これだけで、相手はどこに打たれるのか、打たれるまで判断しづらくなる。
 この右肩を内に入れるだけで、高く浮いたボールを強打やドライブするときと同じような効果が生まれるのだ。とくに、右利きの選手は、左利きの選手にこれをやられると極端に弱くなる。右利きの選手は対左効き選手のとき、左利き選手のバックサイドからクロスへ、つまり右利き選手のフォアサイドへ、対角線上に逃げていくボールを打たれることを一種本能的に警戒してしまう。そこに、右肩をぐっといれて、おまけに踏み込まれてドライブされると、左右どちらでブロックしたらいいのか判断が分裂して瞬間的にパニックになってしまう。
 だから、左利きの選手は、この利点を大いに活かして、ドライブのときは右肩を身体の内に入れるようにしてみよう。そして、これができるようになると、右肩を外側(右向き)にも向けたり、自由に変えるようにする。右肩の向きを意識的に変えるだけで逆モーションになり、相手にかなりのプレッシャーを与えることになるのだ。
 では、右利きの選手はどうだろう。もちろん有効だ。右利きは、左肩を意識する。左肩を身体の内に(右向き)にぐっと入れるとフェイントになる。
 この肩を入れるのは、ちょっと意識すれば水谷選手のようなトッププレーヤーでなくても、2、3年のキャリアがあれば、誰でもできるテクニックだ。小学生でも、もちろんできる。実証済だ。
 ただし、通常のドライブスイングができてから、この「肩入れ法」をやること。また、バックサイドからストレートコースに打つと見せかけて、クロスに打つとき、頭はストレート方向でラケット面を開いて打つことがあるが、これはフォームをくずしたり、思わぬミスにつながったりすることが多いので注意を要する。

フリックは面を一瞬開いてクロスに打ち抜く

 
フォアハンドフリック(右利き)の場合、たとえばダブルスのレシーブのときのように、スピン系サービスをフォアクロスへフリックするとき、打つ瞬間にラケット面を開いてから振り抜くと、3球目を打つ相手選手は一瞬、自分のバックサイドに打たれると予測するので逆モーションとなる。このテクニックでは、ラケット面を開くことがフェイントとなり、面を開くことが手首でバックスイングをとったことになり、その分スイングスピードがアップする。
 その反対に、右利き選手は、レシーブのときのラケット面はクロスに向けておき、ストレートコースに打つときは、同じラケット面と同じスイング軌道で、飛んできたサービスのボールの左側面を叩くようにすれば逆モーションとなる。
 もちろん、このテクニックはダブルスだけではなく、シングルスでも有効である。

サービスはラケット面を
レシーバーにどう見せるか工夫しよう

 
そうそう、サービスももちろんそうだ。サービスはもう、逆モーションをいかにつかうかが勝負だろう。サービスは逆モーションと断言してもいいくらいだ。サービスの良し悪しは、どれだけフェイントが入っているかである。だから、サービスはどうしたらフェイントが入るか、もっと徹底的に意識して研究してみると、かなり強力なオリジナルサービスが開発できるだろう。
 卓球のサーバーと野球の投手はよく似たポジションである。テレビで解説者が「この投手は直球と同じ腕の振りで変化球を投げられるから効果的ですね」などとよく話している。サービスも同じだろう。同じスイングフォームから、異なる種類のスピンサービスやスピードサービスを出せるようにすることが基本だ。
 そして、サービス始動時のかまえも、自分独自のフォームを考案してみればどうだろう。平野早矢香選手、あるいは四天王寺中・高やミキハウスの選手は、フォアハンドサービスのときのかまえは、ラケット面を身体の内に入れるようにするが、これは一般的なサービスのかまえとは逆の向きである。
 平野選手のようなかまえでサービスに入られると、とくに初対戦の選手などは、かなり戸惑うだろう。ふだん、このようなかまえの選手とは、あまり対戦経験がないので、心理的にもかなりプレッシャーを受けるのだ。
 たとえば、平野選手とは逆に、ラケット面を大きく開いてかまえてみるのもいいだろう。そのまま打てば右横回転サービス(時計回り)になるようなかまえから、下回転やナックル、スピード系、YG、それにそのまま右横回転サービスなどが出せれば、レシーバーはかなり幻惑されるだろう。
 また、バックハンドサービスでは、通常はラケットヘッドが下がって横上回転や横下回転を出すのを、ラケットヘッドを上げて横上回転や横下回転を出すとか、一般的なラケット面とは逆の面を意識的につくることで、相手を幻惑することができる。

 今後、この逆モーションやフェイントといったテクニックが、ますます拡がることはまちがいない。もちろん、相手が待っているところへ、あえてスピードやパワーでぶち抜くことを生きがいとしているプレーヤーもいるだろう。それはそのプレーヤーの好みであって、どんなプレースタイルをとるのもまったく自由である。だが、このような真正面からあたる正攻法も、逆モーションをつかうゲリラ法をゲーム中に1本か2本つかうだけで、正攻法が2倍にも3倍にも威力が増す。
 ほんのすこし肩の向き、ほんのすこしラケット面、ほんのすこしボールの打球面を、意識し、工夫し、いつもと変えてみることで、驚くほど得点能力が高まることをぜひ知ってほしいものだ。

                     秋場龍一